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vol. 12

日本の社会福祉制度「措置から利用へ」(前編)/女性の健康問題/カルチャースクール紙上レポート

2020-01-21

ホープコネクションからのご挨拶

あけましておめでとうございます

西暦2000年を迎え、新しい節目として新年をスタートされたことと存じます。Hope Connection会員一同今年も益々充実したサービスの提供に努めていきたいと心新たにしてはりきっています。

昨年は、オーストラリア国内にお住まいの方々からの電話相談に加え、日本からの電話での問い合わせ、さらには手紙による相談も数件受け、Hope Connectionの存在が幅広く浸透してきた証拠と一同喜ぶとともに、今後も皆様のお役にたてる福祉団体であることを願っています。日本では気にもとめない些細なことでも外国では心配の種というケースも多々あります。私どもの活動がそんな時皆様の心の糧となれれば幸いです。

さて定着しましたカルチャースクール、1999年は、「オーストラリアの高齢者福祉サービス」ではじまり、「メルボルン新人生活講座」「麻薬の問題について」そして締めくくりは「女性の健康問題」と広範囲のトピックを扱い、参加者の皆様からご好評をいただくことができました。今年度も身近な問題を取り上げて、それぞれの分野に精通した専門の方をお招きして開催したいと思っています。特に興味のある課題・提案などがありましたらぜひお知らせください。

Hope Connecton はボランティアの人達によって運営されている非営利団体です。以下に連記しました団体、個人の皆様方の支援なしでは電話相談、カルチャースクール、ニュースレター発行等は不可能です。前年に引き続き支援を継続してくださいます庭野平和財団、メルボルン日本人会、Multicultural Ethnic Councilの各団体機関、匿名で寄付したくださった個人の方々、カルチャースクールでゲストスピーカーとしてお招きした方々のご厚意とご協力に改めて感謝の意を表したいと思います。

今後も Hope Connection の電話相談、カルチャースクールをご利用いただき、楽しく有意義な豪州生活をお過ごしください。今年最初のカルチャースクールは、2月に予定しています。詳細はこのニュースレターの4ページ目のご案内欄をご覧ください。

カルチャースクール 「女性の健康問題」 紙上レポート

去る11月20日,モナシュ大学大学院に留学中の産婦人科医師、大隈良譲先生にお越しいただき、女性の健康問題についてのセミナーを開催いたしました。「女性の健康問題」というたいへん幅広いトピックであったにもかかわらず、大隈先生は快く講師を引き受け下さり、子宮ガンから男女生み分け法まで、最新の情報をまじえながら素人にもわかりやすいお話をして下さいました。紙上を借りて深くお礼を申し上げたいと思います。

さてここでは、紙面の都合上講演の全部をご紹介できず残念ですが、子宮がんについてのお話をレポートしたいと思います。

すべての女性に関係するもっとも大きな健康問題のひとつは、女性性器のガン。その中でも子宮頚ガン(子宮の中でも膣に近い子宮頸部に出来るガン:cervical cancer )が80%を占めています。早期の子宮頚ガンには、ほかの臓器のガンもそうであるように、特別症状はありません。不正出血 ( abnormal uterine bleeding ) やおりもの ( vaginal dischrge ) の異常、痛みなどの症状が出るのは進行したガンです。ガン組織が子宮頸部の粘膜だけにとどまっている場合には、Cone 切除という子宮が膣に入り込んでいる部分のみを切り取る手術ですみます。この場合の5年生存率はほぼ100%です。ところが、これを越えてガンが拡がっていくと、子宮全体を手術で取り除いたり、化学療法や放射線療法を加えたりする必要が出てくる上、生存率もどんどん下がっていきます。

ほとんどの早期子宮頸がんは子宮ガン検診( Pap smear test )という簡単でかつ安全な方法で見つけることが出来ます。子宮ガン検診は、膣から子宮頸部を見て、綿棒で軽くこすってその部分の細胞を採取し、顕微鏡で細胞の形などに異常がないかをを調べるものです。定期的に子宮ガン検診を受ければ、子宮頸部の細胞がガンとはいえないまでも少し正常と違っているという段階で異常を発見することができ、子宮頸ガンで大きな手術を受けたり、命を落としたりする可能性をほとんど予防することができるわけです。

日本では子宮ガン検診は毎年受けるように勧められていますが、オーストラリアでは検診で異常がなければ2年後に検査を受けるように指導されています。正常な組織がガンになる確率が、1年後よりも2年後の方がほんの少しでも多くなることを考えれば、やはり1年毎に検査を受けた方がよいのではないか、というのが大隈先生のご意見でした。

もう一つの子宮ガンである子宮体ガン(endometrial cancer ) は子宮頸ガンに比べると高齢で少産の女性に多いといわれています。これもやはり早期に発見することが大事ですが、子宮頸ガンほど簡単な検診方法はまだありません。ただし、Pap smear test の際に子宮内膜の細胞の異常が見つかって、子宮体ガンの発見につながることもあります。そういった意味からも,簡単で安全で有効な子宮ガン検診を定期的に受けていただきたいと思います。子宮ガン検診はかかりつけの GP(一般開業医)のところで簡単に受けられます。

日本の社会福祉制度 社会福祉構造改革 「措置から利用へ」 (前編)

今年(1999年)の4月15日に厚生省は「社会福祉事業法等一部改正法案大綱」(あまりに長いので以下、改正法案とします。)という文書を発表しました。なんだかやたらに漢字ばかりが並んだこの文書の内容は、第二次大戦後から今までのあいだ大きな変化に乏しかった日本の社会福祉政策の構造を根底から転換させようとするものです。これまで本稿では主に日本の福祉制度の内容について解説してきましたが、今号と次号の二回に渡っては、これら制度の拠り所となる福祉政策の大転換について書いてみることにします。

第二次大戦後から現在にいたるまで、日本の社会福祉政策の基本的考え方は「失業している、年をとった、障害を負ったなどの理由で困窮した状態にある人を救済する」という考えを基本にしています。「何らかの理由で困っている」と認められる状態にある人に限って必要な金、もの、介護力などの「援助」を与えるという考え方です。このため従来日本では福祉制度を利用する場合「措置する」という言い方をしてきました。これは困っている状態にあると認められた人に、その困った状態から脱却せさせるために必要な援助を与えるよう「措置」するからこう呼ぶわけです。

では、あるひとが困っている状態にあるのかどうかを決める、つまり「措置をする」のはどこかといえば、これは地方自治体をはじめとする行政機関、いわゆる「行政」です。「行政」が「困っているな」と認めた人に限って必要とされる福祉制度を利用できるようにしたり、必要な金やものの援助が与えられるように「措置する」というこのやりかたを「措置制度」といいます。

「措置制度」では「誰が」「どういった内容の援助を」「いつ」「どこで」「どれだけ」受けるのかということは、すべて行政によって決定されます。もちろんどのよう援助がどれだけ必要なのかを当事者が行政に訴える(申請する)ことはできますが、その援助を実際に受けることができるかどうかを決定するのは行政です。援助を必要とする側とそれを提供する側が直接交渉を行ない、その援助を受けることが可能かどうか、また受けるとしたら何をどれだけの頻度で受けるのかを話し合うなどということは「措置制度」のもとでは想定されていません。もしもそういった直接交渉を行い、欲しい援助(この場合は福祉サービスと呼べるかもしれません)を自分で選びたい場合には、措置制度の外で個人的にその福祉サービスを自費で「買う」こととされてきました。そして、これは皆さんが髪を切りたいときに美容師さんのもとに行くのと同じように、欲しいサービスを得るために個人が独自に判断してやっていることであって、国としての福祉制度の中ではあくまで「付けたし」のようなものと見られてきたのです。そのために費用も全額個人負担となってきました。

つまり個人が必要としている援助はあくまで行政から措置された結果として提供されるのが日本の福祉制度の基本であって、現在オーストラリアで一般化しているような「必要なサービスを利用者が選択して受け取るという」考え方とは大きく異なるものでした。ところがここにきてこの制度を根本から変えようとする動きが出てきています。個人にとってどんな「援助」が必要なのかを行政が判断してきた今までのような「措置制度」から自分にとってどんな「福祉サービス」が必要なのかを自らが決定して利用する「利用制度」への構造改革です。これが今回いちばん最初に書いた「改正法案」の基本となる考え方です。

前回までのこの項でとりあげてきた「介護保険制度」は、この「利用制度」を老人福祉の分野に導入したもので、構造改革の考え方が実際の福祉制度に反映される最初のものとなります。介護保険制度のもとで、あるレベルの介護が必要だという認定を受けた人は、実際の介護サービスを指定業者の中から選んで受けることになります。この制度でも誰が、どれだけのサービスを受けられるのかは保険者である地方自治体が最終的には決定しますが、これまでの措置制度とは違って「どの施設から」サービスを受けるのかということが選択できるようになります。今までは措置される対象であった利用者が、主体的にサービス利用を選択する消費者へと変化するわけです。利用者は実際に自分でお金を払って欲しいサービスを買う代わりに、自分が加入している保険制度を使ってそれを買うというかたちになります。そしてこの介護保険方式を使った「利用制度」は、ごく近いうちに障害者福祉の分野にも導入されるといわれていて、現場では具体的な導入年度についてもとりざたされています。

この構造改革は利用者だけでなく、いままで措置制度のもとで発達してきた日本の社会福祉施設にも大きな影響を与えています。なにしろそれまで措置されてくる「利用者」だった対象者が、自己決定権をもった「お客様」になるのですから、天と地がひっくり返ったような大変化なのです。そして、これは同時に経営的な転換も意味しています。これまで生産性も効率も関係なく、毎年決まった額の「措置費」とよばれる予算を消化していれば安泰だったものから、「お客様」のニーズに即したサービスを提供し、売り上げを伸ばして損益の分岐点を超えないことには倒産もありえるという競争状態への移行です。社会福祉構造改革とは、日本の社会福祉史上初めての「市場原理」の導入なのです。

次回はこの構造改革によって起こっている具体的変化について書いてみます。

(ソーシャルワーカー 水藤 昌彦)